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ゆきつばき>novel>そして影は動く

その日は雲一つない晴天だった。
まぶしいくらいに太陽が地上を照らし、夜には月と共に数多の星々が煌めく。手をのばしても届かないのに、金平糖のように食べられそうなくらいにとても近い気がする。
もし本当にそうだとしたら、この空は食べても食べても減ることのない金平糖を乗せた青い皿なのだろう。
そんな風に感じられるくらいに素晴らしい日。
「…彦星様〜、お迎えにきたぞー」
川のすぐ側にある小屋に向かって陽気に声を上げる。
すぐに小屋から姿を見せるかと思ったが、意外にも返事はない。もしかして聞こえていないのだろうかと思ってぱたぱたと小屋の中に入って行く。
「彦星様〜、早く来いよ〜。今日は待ちに待った織姫様と会える日なんだぞ」
中はいたって簡素な造りになっていた。家具が点在しているわけでもなく、文机と調理場程度しかない。広さもそれほどではなく、一人用と言ったところだろう。
そして、彦星こと羽吹はその文机に頬杖をつきながら呑気に団子を食べていた。
「…ん〜、あんた誰?」
とても眠そうな表情で訊いてきたので慌ててびしっと姿勢を正す。初めての仕事ということではりきっているのだ。
「今年、羽吹様を天の川の向こうへ連れて行くことになったかささぎの伊吹だ」
「あ…伊吹ね、うん」
羽吹は興味なさそうに団子を頬張る。
「それで羽吹様、早く織姫様に会いに行こうぜ。今日は一年で一回だけ二人が会える日なんだからな」
伊吹はまるで自分のことのように楽しんでいる。
だが、羽吹の方は。
「あー、それ今年もパスで」
「は?」
聞き間違いかなと伊吹はもう一度きく。
「いやだから面倒だしパスで」
一瞬、辺りを覆う沈黙。
「……ええっ!? 何言ってんだよ、羽吹様!」
「えー、だって天の川渡るのだって結構大変なんだよ? もうなんかさ、別に会えなくていいから家でじっとしていたいっていうかさぁ…」
開いた口がふさがらない伊吹だった。ここまでやる気のない彦星がどこにいるだろうか。いや、彦星は一人しかいないが。
「というかさ、何で地上では一年に一回出会える運命の日みたいなことになってんだろ。夜になって空見上げてさ、『今、彦星様と織姫様が会ってるのかな』みたいなロマンチックなこと想像されたってこっちにとってはプレッシャーなんだよ? こう、期待されすぎてそれがストレスに…みたいな? 分かる?」
なんで自分が愚痴を言われなければいけないのだろうと訝りながらも一応相槌を打ちながら聞く。
…そもそもこんな他に人がいないような場所で一人だけで暮らして、のんびりとごろごろする自堕落な生活を送っている羽吹にストレス云々の問題などあるのだろうか。
ごちゃごちゃ言われて頭が混乱してきたが、要するに面倒くさいと言いたいのだろう。
しかし、ここで諦められても伊吹にとっては困る。何しろ一年に一度、織姫と会うことの許される日なのだ。面倒だか何だか知らないがともかく羽吹には向こう岸にいる織姫に会ってもらわなくては。
「…でも、羽吹様と織姫様って愛し合っていたのに偉い人に怒られて引き離されたんじゃ…」
とりあえずまずは羽吹に、行こうという気を起こさせることが先決だ。無理矢理引っ張っていくこともできるだろうがそれは最終手段だ。言葉巧みに誘えばきっと行く気になってくれるはず。
そうでなくとも、何かしら羽吹が行きたくない理由が分かるかもしれない。面倒という理由の他にも別にあるのだとしたらそれを何とかして上手く渡らせることができるかも。
「は? 何それ。昔、漫画を貸し借りしてたら怒られて没収された挙句、貸し借りができないように別々の場所に引き離されただけなんだけど」
「ここは学校かっ!!」
思わずつっこんでしまう伊吹。
「ついでに授業中に回し手紙してたら見つかって…。まぁ、今は携帯でメールすればいいだけなんだけど」
「回し手紙っ!? 携帯っ!?」
ちょっと、時代設定考えてくれ。というかいつの間にこんな所まで携帯が普及しているんだ。そんなに文明発達してたのか? そして授業ってなんだ、授業って。もしかして立派な星の人になれるように教育でもするのか。なるほど、なるほど、よくわか…るわけないだろ!
と、まあつっこみ始めたらきりがないのでとりあえず言葉にはせず、心の中にしまっておく。
「いや、でも地上の人たちは彦星様と織姫様が出会うことで願い事が叶うって信じてて…。笹の葉に短冊ぶらさげてお祈りするんだぞ」
半ば諦めてはいたが、とりあえず伊吹は説得することに専念する。
「それもさぁ、何で会ったら願い事が叶うって都合よく繋げるんだろ。世の中ね、そんなんで願いが叶ってたら人生苦労しないんだよ」
「そりゃあ、『世界征服したいです』なんて願い叶えられたら困るけどさぁ……」
「そうそう。だから、何事も苦労して達成することが大切なんだよ。努力に勝るものはないんだからさ」
「あー、確かにそういうのは大切だな。結局は努力している奴にはかなわないもんだしな」
あれ? そういえばなんで羽吹とこんな話をしているんだろう。そもそも、ここに来たのは羽吹を天の川の向こう側に連れて行って織姫と会わせるためだったはずでは。こんな努力の大切さとか、『誰も知らなかった七夕の真実!!』みたいな話を聞きにきたわけではないのに。
今さらそんなことに気がつく伊吹であった。
「だから、早く織姫様の所に……」
そう呟く伊吹の目の前に現れたのは一日の始まりを告げる眩しい太陽だった。
いつの間にか羽吹は小屋の方に戻っている。今までの説得の苦労は何だったのだろうか。というか努力は大事だとか言ってた奴がすたすたと他人事のように帰って行くな。
え、ちょっと待て? これって結局朝が来て会えませんでしたとかそんなやつ? 苦労してここまで来たのに、せっかく大役が果たせるとはりきって来たのに?
ふざけんな―――っ!!
そして伊吹の苦労は天の川に流れて行った。
完全にふざけました。でも書いてて楽しかったです(^-^)
というか子供の夢、普通にぶち壊しましたね。すいません、けど後悔はしてないですよ?
個人的に伊吹が「羽吹様」というのがwww
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